
建築士や建築家という言葉を知らなかった小さい頃、「図面を書く人」に憧れた。なりたい夢は二転三転して月日が流れ、高校3年性のとき夢に一歩踏み出す最後のチャンスで、昔憧れた「建築士」を目指すことを決断した。
大学の建築学科に入り、建築を学び始めたが多くの壁にぶつかった。デザインも工学的技術も、そしてセンスも必要とされるこの分野、それはまるで必然かのように才能という壁にぶち当たった。才能については建築士となってバリバリと設計している今でもたまに悩むことがある。だが、その思考の方向性は変わってきているように思う。いろんな人に出会い、いろんな才能のカタチを見てきたからかもしれない。自分をしっかりと分析し、自分なりの才能を探るようになると可能性が広がってくる。大きく変化したのは大学3年生の頃、初めてのオープンデスクである設計事務所に訪問してからだ。大学の非常勤講師でもあったその先生は私に様々な方向性を与えてくれた。また、多角的にモノをみることの大切さを教えてくれた。
大学3年生のときに本格的に夢を目指してからこのブログを執筆するまで、約12年。一級建築士含め、建築関連資格も複数取得し、自分の思いを込めた設計がそれなりにはできるようにはなったのかなと思うが、まだまだ疑問を抱き勉強し続ける毎日である。それほど幅広い世界。10年前になんて幅広いなのだろうと思って一歩踏み込んだこの世界は、今も勢いが止むことなく膨張を続けている。
いろんな設計事務所でバイトし、専門学校や資格学校で講師もやり、いろんな人と出会い続けてきたこの十数年、リタイアしていった人も大勢みてきた。感覚的には、大学に入って社会人になってもやりたいことを突き通している人は約1割。一級建築士を取得して5年以上続けているのがそこからさらに1割。そしてそのなかでも収入や設計活動に対して満足に働けてる人はほんのわずか。それでも憧れや夢を抱き建築科の大学や専門学校に進む人は年々増加してきている。

なにがそんなに挫折をもたらしているのだろうか。多くの問題はあると思うし人によってその原因は様々だろう。ただ一つ大きな問題をあげるとすれば、先述した自己の才能への疑問だ。今だから言えるかもしれないが、才能への疑問は幻想でしかない。これほど壮大で奥深いこの世界、10年20年やっただけでは才能もなにも、一本の線の意味さえ分からない。
ただ、この世界には、多くの人を魅了する何かがあることも確かである。デザインがもつ可能性に限界はない。
どの世界、どの業界も同じだと思う。是非、才能やセンスに悩んでいる人がいるならば、その悩む時間、エネルギーを前に進む活力にしてほしい。30年ほど続けてから才能とは何かを考えてみても決して遅くはない。
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