クリエイター 勉強・研究 建築 日常

適材適所。日々の自問自答が未来により良い環境をつくりだす

木はコントラスト的に使うとよりその美しさを醸し出す。木とコンクリート、木とガラス、木と石、木とレザー、木とスチール。木は多くの素材と相性がいいし、表面を丁寧に仕上げた木部は触り心地もよく、人間の生活によく馴染む。

木は繊細で、日々しっかりとメンテナンスをしていないとすぐにトゲがでる。変色したり、反ったり、文字通りトゲが出たりする。ただ、設計段階からある程度対処をしていればメンテナンスも最低限で済む。反る方向や繊維方向、割れやすい部分、湿気への強弱、構造的特徴、樹種によりその特徴は変化する。水気のあるところでも使える木、構造体として使える木、家具に合う木、建具に合う木、木造建築の現場が語源とされる適材適所の考え方は今もなお生き続ける。

最近、児童相談所の存在が世の中に広まってきた。行き場のない子ども達の相談を受けたり、一時的に短期間保護したりする施設だ。都道府県や市区町村が管轄している行政機関になる。

重要な施設だが、特殊な施設。その歴史は長く、多くの子どもたちの命や心を救ってきただろう。だがこの「行き場のない子ども達」の定義がまたクセものである。明確な家庭内暴力や兄弟の行き過ぎたケンカなど、もう完全に手に負えない状況であればすぐにでも動くべきだが、大人たちの推測が介入する場合もある。大人たちの身勝手な正義感が子と親を切り離し結果的に子どもにトラウマを持たせることも想定される。

とにかくいろんな子が集まる児童相談所。施設づくりには多くの可能性が示唆される。家庭的な環境を目指すが脱走や自殺、親の訪問・侵入など、多くのパターンを想定する。居心地が良すぎても良くない、が、居心地が悪いのはもっと良くない。あるいは居場所となり得るような安全地帯であるべきなのか。ここを卒業した人には良きOBとして戻ってこられるような場所であってほしい。

今の日本の子ども達は、多くの大人から守られている。親、学校の先生、カウンセラー、保健室の先生、児童相談所。環境によっては多い少ないがあるかもしれない。場所によっては過剰なほど多くの人が関わる場所もある。ただ、身勝手な正義感は時に多くの人を傷つける。自分も気付かないうちにそういう言動をしているかもしれない。

何事も適材適所。たまには引くことも重要。常に新しい情報をいれて、勉強を続け、主観と客観両者で思考し、自問自答を繰り返す。疑うことをやめず、常に様々なパターンを想定し挑戦を続けることが、より良い環境をつくる上で必要であることは間違いない。

今日もまたブログを書きながら「投稿」を押すのに自問自答を何度も繰り返す自分がそこにいる。

コメントを残す