クリエイター 日常 人生観

情報の取捨選択とビジョンの言語化

コロナウィルス渦の緊急事態宣言が解除され、隙間を狙って訪れた春の浅草。普段滅多に見られない光景がそこにあった。とにかく人がいない。浅草寺の内部にも簡単に入ることができ、その優美な天井画も悠々と見ることができた。

突如として日本を襲ったコロナウィルス。半年ほどたつ今もなお、その勢力は第二波となって襲い掛かっている。多くの人が、錯綜する情報に右往左往している。正しい知識で多くの情報を処理し、正しく整理し自らの行動を判断している人はどれくらいいるのだろう。マイナスな情報のみを受信し、何もかもうまくいかず愚痴ばかりこぼしている人はどれくらいいるのだろう。どんな状況でも自分にとって有利な情報、得をする情報は必ずある。そうした情報を拾い上げ活用している人はどんな状況でも前向きに楽しく過ごしているのだろう。情報社会として加速する現代、まさに情報による格差が見えがくれしている。

情報を収集する際、将来的なビジョンを持っているか持っていないかは、その後の路線に大きく影響する。いつもは人で混雑している観光地を悠々と楽しみたい、と普段から思っていないとその時が来た時に欲しい情報が手に入る確率は非常に低い。ビジョンという言葉を使ったが目的でも目標でもゴールでもなんでもいい。とにかく「やりたい事」「やってみたい事」「成し遂げたい事」を普段から言語化し意識することだ。それはいくつあってもいい。どこからどんな情報がくるのかは誰にも分からないから。

東京の電車でこんな景色はなかなか珍しい。そんな出会いもたまたま訪れた情報の結果である。普段は普通に買えるイベント等のチケットも、今は先着や抽選が多く、なかなか手に入らない。ただ、そんな中でも隠れた得をする情報というものは存在する。とにかくやりたい事に対する確率を上げることでその実現性は一気に飛躍する。

情報量が加速度的に増え続ける現代だからこそ、ビジョンを明確に持ち常にアンテナをはり続けることで、それを引き寄せる確率も加速度的に向上する。

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